大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和40年(ヨ)2111号 判決 1967年10月04日

申請人 松本吉矩 外一名

被申請人 鈴木運送株式会社

主文

申請人らの申請を棄却する。

申請費用は申請人らの負担とする。

事実

一、当事者双方の求める裁判

申請代理人は、「申請人らが被申請人の従業員の地位にあることを仮りに定める。被申請人は昭和四〇年一月二一日以降本案判決確定にいたるまで毎月末日の前日限り申請人松本に対し二一、九九六円、同関谷に対し二七、〇四〇円の金員をそれぞれ仮りに支払え。申請費用は被申請人の負担とする。」との判決を求め、被申請代理人は主文同旨の判決を求めた。

二、申請の理由

申請代理人は次のとおり述べた。

(一)  被申請人は、貨物自動車運送事業を営む株式会社であり、申請人松本は、昭和三四年四月一日、同関谷は、昭和三二年六月二六日それぞれ被申請人に雇傭され運転手をしていたものである。

(二)  申請人らの賃金は、日給月給制で、毎月末日前日払いであり、申請人松本は一日八四六円、同関谷は一日一、〇四八円である。

従つて毎月二六日間稼働するとして申請人松本は月二一、九九六円、同関谷は月二七、二四八円の各賃金債権を有する。

(三)  しかるに、被申請人は申請人らが被申請人の従業員であることを争い、昭和四〇年一月二二日以降の賃金を支払わない。

(四)  申請人らは、被申請人に対し従業員の地位確認、賃金支払請求の本訴を提起すべくその準備中であるが、賃金を唯一の生活源として生活していたものであつて、本案判決の確定を待つていてはその生活に回復し難い損害を蒙むるおそれがある。

よつて本申請(ただし、申請人関谷の賃金仮払は、月二七、〇四〇円の限度で申請する。)におよんだ。

三、申請の理由に対する認否ならびに反論

被申請代理人は、次のとおり述べた。

(一)  申請の理由(一)ないし(三)を認め、(四)は否認する。

(二)(1)、被申請人は、昭和四〇年一月二一日申請人らに到達の書面で同人らを解雇する旨の意思表示をし、その際解雇予告手当として申請人松本に対しては二万五、〇〇八円、同関谷に対しては三万一、四三二円をそれぞれ現実に提供したが、受領を拒否されたので同二五日にいづれも供託したものである。

(2)、右解雇の理由は次のとおりである。

イ、被申請人は、昭和三九年一〇月三日、自動車運送事業等運輸規則四六条一項、二九条二項を遵守するため申請人らに対し、非常信号用具である赤色旗の受領および担当車輛への備付けを指示したが、同人らはこれを拒否した。そこで、被申請人は、同年一二月一一日にはけん責処分に、同月二四日には減給処分に付してその都度赤色旗の受領および備付けを指示したが、依然としてこれを拒否しつづけたばかりか、却つて右処分の不当なことを申し出て何ら反省の色を示さなかつたので、申請人らの右行為は、就業規則一一条一号、二六条七、一四号、四〇条一号に該当すると判断して、本件解雇の意思表示をしたものである。

ロ、申請人関谷は、昭和三九年七月二八日人身事故を起し被申請人より減給処分に付されたが、これは就業規則二六条五号に該当する。申請人関谷についてはこれも本件解雇の理由の一つである。

ハ、従つて、申請人らと被申請人の間の雇傭契約関係は、昭和四〇年一月二一日限り終了したので、右契約関係の存続を前提とする申請人らの申請はすべて理由がない。

四、「解雇の意思表示ならびにその理由」に対する認否反論

申請代理人は、次のとおり述べた。

(一)  右三の(二)、(1)の事実は認める。

(二)  同(2)、(イ)につき、被申請人の申請人らに対する赤色旗の受領、備付けの指示の動機が、自動車運送事業等運輸規則四六条一項、二九条二項遵守にあるとの点を否認し、他は認める。

(三)  本件解雇の意思表示は、次のいずれかの理由により無効である。

(1)  昭和三九年一〇月三日、被申請人が申請人らに対し、赤色旗の受領、車輛への備付けを指示した以前は、赤色旗の備付けは各従業員の自主的調製備付に委せられ、申請人らはそれぞれこれを調製し備付けていたから、右の指示は、いわば二重備付けを命じたものである。

しかも、右の指示は、申請人らが拒否するのをみこして、はじめから同人らを解雇する意思をもつて、その前提事実をつくるためになされたものである。このような指示は、無意味かつ不当なものであるから、これに従う義務がない。よつて、申請人らが右の指示を拒否しても、業務命令に違反したとはいい難く、業務命令違反を前提とする本件解雇の意思表示は無効である。

(2)  被申請人の従業員約二六名は、昭和三五年一二月一六日被申請人の労働条件に不満を持ち、大田区合同労働組合鈴木運送分会(以下大田区合同労組鈴木分会という)を結成し、その後昭和三八年九月には従業員約二五名が全国金属労働組合糀谷地域支部に加盟し、同支部鈴木運送分会(以下全金鈴木分会という)を結成したが、申請人関谷は、大田区合同労組鈴木分会当時は同分会執行委員長を、全金鈴木分会においては同分会執行委員を、申請人松本は、同分会執行副委員長をそれぞれ勤め、活発な組合活動を行つてきた。

しかるに被申請人は、組合結成の中心人物を組合結成の理由で解雇したり、組合員に組合の脱退を勧誘したり、あるいは友和会とか二葉会とか称するいわゆる御用組合を組織して右組合の切りくづしを企てた。本件解雇の意思表示は、このような被申請人の数々の不当労働行為の一環として行われたものであり、申請人らの組合活動を嫌悪してなされたものであるから、労働組合法七条一号にあたるものであつて無効である。

(3)  被申請人は、申請人らの本件赤色旗受領および備付け拒否に対し、被申請人主張の如くけん責、減給処分を行い、さらに本件解雇処分という重大な報復措置をとつた。このような処分は、重きにすぎるばかりか、同一行為に対し二重に処分することになるから、解雇権の濫用であつて、本件解雇の意思表示は無効である。

五、解雇無効の主張に対する認否

被申請代理人は、次のとおり述べた。

(一)  右四の(三)の(1)について

被申請人の本件赤色旗の受領、備付け指示以前、赤色旗の備付けは従業員各自の調製に委せられていたこと、を認め、他は否認。

(二)  同(2)について。

昭和三八年九月に全金鈴木分会が結成されたことは認める。申請人関谷の組合役員歴は認めるが、同松本の役員歴は不知。不当労働行為として例示された事実は否認。

(三)  同(3)について

被申請人が、申請人らに対し、けん責、減給処分のほか、さらに本件の解雇の意思表示をしたことが申請人ら主張のような理由で無効であることは争う。

六、証拠<省略>

理由

一、申請の理由(一)、および申請の理由に対する認否ならびに反論(二)(1)の事実は当事者間に争いがない。

二、そこで、本件解雇の意思表示が有効か否か判断する。

(1)  被申請人主張の解雇事由の存否について、

申請人らが、被申請人から昭和三九年一〇月三日非常信号用赤色旗の受領及び担当車輛への備付けの指示を受けながらこれを拒否し、被申請人主張の如く順次けん責、減給処分に付されてもなお拒否しつづけ、却つて同人に対し右の各処分の不当な旨を申し出たことは当事者間に争いがない。

被申請人は、右の申請人らの行為は就業規則一一条一号「作業に誠意なく技倆能率不良、言語態度不良と認められる場合」二六条七号「故意に会社の運営を阻害した時」同条一四号「その他前各号に準ずる行為があつた時」に該当し、四〇条一号「自動車の運転又は修理に従事する者は必らず、道路運送車輛法及び交通取締関係法令を遵守する事」に違反すると主張する。そして、成立に争いがない疎乙一号証によれば、被申請人主張のような就業規則の各条項の存することが認められる。しかし、申請人らが被申請人の右指示を拒否した主な原因は、後記認定のように、本件赤色旗の出所が、全金鈴木分会を組織している申請人らにとつては、御用組合的存在にみえる二葉会なる団体であることに感情的に反撥したことにあつて、作業に誠意がないため拒否したと認められる証拠はない。また、処分の不当である旨の申し出にしても、それは申請人らの右処分に対する評価、意見の表明にすぎず、その際社会通念に照して不穏当な言動があつたと認められるなんらの資料もない。

従つて、申請人らの右行為をもつて、直ちに作業に誠意がないとか、言語態度不良とかいうことはできず、右行為が就業規則一一条一号に該当するという被申請人の主張は理由がない。

次に、申請人らが運転手であることは当事者間に争いがなく、赤色旗の担当車輛への備付けは自動車運送事業等運輸規則(道路運送法にもとづく運輸省令四四号)四六条一項、二九条二項により事業主に課せられた義務であつて、運転手に課せられた義務ではないのみならず、申請人らの本件赤色旗受領拒否の結果、申請人ら担当車輛中非常信号用赤色旗の備付を欠くに至つたものが生じたことを疎明するに足りる資料はないから、申請人らの右行為は、就業規則四〇条一号にも該当しない。よつて、この点に関する被申請人の主張も理由がない。

もつとも、申請人らの前示行為は、すくなくとも上司の業務上の指示に従わないものであることは明らかであり、前認定の就業規則二六条七号か、あるいはそれに準ずるものとして同条一四号に該当するものといわざるを得ない。従つて、この点に関する被申請人の主張は理由がある。

なお、被申請人は、申請人関谷が人身事故を起して減給処分に付されたことがあり、これは就業規則二六条五号「故意又は重大なる過失により、交通事故を起し、又は会社に著るしい損害を与えた時」に該当すると主張する。疎乙一号証、成立に争いがない同七号証の三によれば、申請人関谷が人身事故を起したことがあること、被申請人主張のような就業規則の条項が存すること、が認められるが、右事故が申請人関谷の故意あるいは重大な過失にもとづくことの疎明はない。よつて、被申請人の右の主張は理由がない。

以上により、申請人らには結局就業規則二六条七号あるいは一四号該当の解雇理由があるものというべきである。

(2)  申請人らの解雇無効の主張について、

イ、本件業務命令に従う義務がないとの点について、

昭和三九年一〇月三日被申請人が赤色旗の受領を申請人らに指示した以前は、赤色旗の車輛への備付けは従業員各自の調製、備付に委せられていたことは当事者間に争いがない。従つて、申請人らが自製の赤色旗を既に備付けていた場合、その者については本件業務命令は自製の赤色旗を廃して本件赤色旗の備付を命じることになるけれども、それだからといつて本件業務命令が無意味であるということはできず、仮に実益に乏しいとしても、それだけでこれに従う義務がないとはいえない。さらに申請人らは、本件業務命令は、はじめから申請人らを解雇する意思でその前提事実をつくるためになされたものであると主張するが、これを認めるだけの証拠はなく、却つて証人金田祐一、同松本亀夫の各証言、被申請人代表者鈴木成正の供述によれば、昭和三九年九月頃、被申請人従業員松本亀夫が、優良運転手として警視庁から表彰を受けたのを機会に、赤色旗二九本を被申請人に寄贈しようと考え、これを被申請人の一部従業員で構成されている二葉会なる団体に相談したところ、むしろ二葉会から被申請人に寄贈するのが妥当であるという結論になり、二葉会が被申請人に本件赤色旗を寄贈したこと、寄贈を受けた被申請人代表者鈴木成正は、この際被申請会社自体法規で義務づけられている赤色旗の各車輛への備付けを実行すべく、同年一〇月三日本件業務命令を発するにいたつたこと、がそれぞれ認められるから、右主張は採用できない。

ロ、不当労働行為の主張について、

申請人関谷は、昭和三五年一二月に大田区合同労組鈴木分会に加入し、同分会執行委員長となり、その後全金鈴木分会に加入し、同分会執行委員となつて組合活動を行つていたことは当事者間に争いがなく、申請人松本の供述によれば、同人は昭和三五年一二月に大田区合同労組鈴木分会に加入し、昭和三九年一〇月には全金鈴木分会執行副委員長となり組合活動を行つていたことが疎明される。しかし、被申請人において、常日頃申請人らの組合活動を嫌悪し、赤色旗受領拒否を口実として本件解雇の意思表示をしたと認めるに足りる疎明はない。よつて、不当労働行為の主張も理由がない。

ハ、権利濫用の主張について、

成立に争いがない疎甲一七号証、証人小林竹盛の証言、および申請人ら本人の各供述によれば、申請人らが前示の如く本件赤色旗の受領を拒否した主な動機、原因は、その出所が同人らにとつて被申請人の御用組合的存在にみえる二葉会であるため、いわば感情的に反撥したものであることが認められる。そして、公印の印影部分の成立は当事者間に争いがなく、その余の部分の成立は証人田中清逸の証言により認めうる疎乙一七、一八号証、同二六号証、同証人の証言、証人金田祐一の証言、および同証言により成立を認めうる疎乙二二号証、申請人ら本人の各供述を総合すれば、被申請人は、表彰規定などを制定するにつき二葉会長金田祐一を従業員代表者として扱つていること、またその際二葉会の意見を徴するだけで申請人らが、組織する全金鈴木分会の意見を徴しなかつたことがあること、二葉会は全金鈴木分会員以外の者で構成され、被申請人と利害を対立する団体というよりむしろその協力的団体ともいうべきものであること、などの事実が認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。以上の事実関係に照らせば、申請人らが二葉会をいわゆる御用組合的存在であると考え、感情的に反撥して赤色旗の受領を頑強に拒否した心理も理解できないことではない。しかし、他方、本件業務命令が出されるにいたつた前認定の経緯、申請人らの前記拒否行為が一応就業規則違反と目すべきことは前記認定のとおりであること、被申請人は法規により赤色旗の車輛への備付けが義務づけられていること等を考えあわせると、申請人らが前記のような感情的理由だけで赤色旗の受領を拒否したのは必らずしも拒否理由として十分な根拠を有するものといい難く、これに対し被申請人が、順次けん責、減給処分を以つて臨んで本件赤色旗の受領を促し、その効がないので遂に本件の解雇の意思表示をなしたのは、企業秩序を維持するうえでやむをえない措置であるというべきであつて、これをもつて重きにすぎるとか、同一行為に対する二重の処分とかいうのはあたらない。それ故本件解雇を以て解雇権の濫用であるとする申請人の主張は理由がない。(被申請人としても、二葉会寄贈の赤色旗に執着する必要はなく、これにかえて被申請人調製の赤色旗の受領、備付けを命じてもよかつたと考えられないではないが、かかる事情はいまだ前記判断を左右するに足りない。)

(3)  以上のとおり、本件解雇の意思表示については、被申請人主張の就業規則二六条七号又は一四号に定める解雇理由が一応存在するかたわら、他方申請人らが解雇無効の理由として主張する諸事実が存しないのであつて、これを総合して考えると、右意思表示は有効であると解するほかなく、従つて申請人らと被申請人との間の雇傭契約関係は、昭和四〇年一月二一日限り終了したものというべきである。

三、よつて、右雇傭契約関係の存続を前提とする申請人らの本件仮処分申請は他の争点につき判断するまでもなくすべて失当として棄却することとし、申請費用につき民事訴訟法九三条一項本文、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 川添利起 園部秀信 石田穣)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例